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Author:木札職人
仕事柄、和のグッズに興味があり独学で現在自ら木札を製作しています。
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「今年は三の酉まであるので『火事が多い』から気をつけないとね」

なんてことを聞いたことはありませんか?

もちろん、我が家でも言いますが・・・( ´艸`)

では、実際火事が多いのか?
結果から言うと『三の酉』『火事が多い』は関係ないらしいですが、
なぜそういう言い伝え・俗説があるのか?

不思議ですよね(^O^)

調べて見たところ・・・

話は江戸時代にさかのぼります

江戸に火事が多かったのは、
木造住宅が密集していたこと、
そして冬場は空気が乾燥しているために、
またたく間に燃え広まったことが原因とされている。
実際、空気が乾燥しはじめる11月ごろから、
江戸では火災が頻発したが、
なかでも「三の酉」のある年は、とくに火事が多いといわれた。

実は、このウワサの出所は、世の中の女房族。
女房たちが亭主の浮気を封じるため、こういいはじめたのだ。


毎年、11月になると、江戸の町には酉の市が立ち、多くの人が参拝した。
鷲(おおとり)神社の酉の市の名物が熊手であったところから、
福をかき込む→縁起がいいとされ、
くわえて酉が「(お客を)取り込む」に通じるところから、
とくに商売人や花柳界の人々の信仰を集めていた。

このような事は酉の市が開かれる場所の商店街では良く聞くことです。
実は、うちの町会も『福を酉(とり)こむ通り』として宣伝してます( ´艸`)

もちろん祭り好きの庶民もお参りしたが、
その鷲神社があったのは下谷竜泉町。
つまり、浅草の近くで、そのすぐそばには吉原があった。
そのため、世の亭主たちには、
参拝にかこつけて、吉原で遊ぶ者が少なくなかったのだ。
酉の市は、ふつう月に二度だが、
何年かに一度は月に三回開かれる年がめぐってくる。
その年の11月には、亭主たちは、酉の市にかこつけて、
月に三度も吉原へ足を運ぶ者がいたのである。
しかし、女房たちは、二度までは許しても、三度目は許しはしなかった。
家計に響くという理由もあれば、嫉妬もある。
亭主の吉原通いをなんとか阻止しようと、
「三の酉の年には火事が多い。だから、夜遊びはほどほどにしなよ」といいはじめたのだ。
女房のなかには、あろうことか、本当に空き家に放火して、
信憑性をもたせようとする者もいたという。

なるほど、これが
「今年は三の酉まであるので『火事が多い』から気をつけないとね」
の言い伝え・俗説の始まりだったのか・・・

世の女性たちは昔から、
男性の女遊びに悩まされていたんですね(;´▽`A``

こういう俗説があることから
三の酉がある年には平年にもまして、
歳末にかけて、社会一般で火の用心が心がけられ、
熊手商の多くは縁起熊手に「火の用心」のシールを貼って売りだす。
なお、三の酉は、およそ一年おきにあるため、
さほど珍しいわけではない(笑)

以上、三の酉の雑学でした(^O^)/
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